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信長革新・s1最上家リプレイ。その4。

前回までのあらすじ。
http://nervousbreakdown.blog77.fc2.com/blog-entry-673.html


川中島ならぬ越後平野の武田×上杉激突は春日山の堅さに勝る上杉の勝利。
傷兵を含むと60000vs13000という明らかな差に。
これは両勢力の潰し合い望むところの我が家としては願ったり叶ったりの結果。
地勢的に不利な上杉が残ったというのも望ましい。

小高の要塞化を進める過程で武田信玄死亡

第二次川中島勃発。
その頃謙信は何故か清洲防衛。負けそう。鈴木重秀の鉄砲隊に落とされそう。時代は鉄砲か?
家康が兵力の減った深志を攻める!
今度は上杉劣勢!

我が家も兵力の減った黒川あたりを攻めたいが、謙信はまだ生きている上に春日山には傷兵15000が眠ってる。迂闊に手を出せない。
今なら手を出せない新発田城あたりを狙ってみるか?

新発田を覗う過程で米沢城を攻める。
思いの外。第二次川中島が早く終わってしまい、その残存兵力がこっちの回ってきたりしたが、そこはそれ我が軍精鋭三部隊。手負いのユニットに負ける気などありません。
内藤昌の守りは堅く、手こずりながらも米沢城奪取!
気がつけば、念願の羽州からの他勢力排除をようやく完遂!ヨカッタヨカッタ、これは宿老たちと祝杯だ!もちろん傍らには秀と義も…フフフ…

長年塩漬けにしていた山形城の兵も有効活用できたし、めでたしめでたし…
というわけにもいかないのが戦国の世の常。
意外にも一方的勝利に終わった第二次川中島のせいで、越後には傷兵含め55000の上杉軍がいる。
これは迂闊に新発田を獲っても全く安心できない数だ。しかも謙信はまだ生きている。
やはりまだ上杉対策には山形城を活用するのが得策か…

しかし今回の第二次川中島上杉圧勝は我が家の侵攻が大きなファクターになったとは言えるかも。
小高城に結城・飯富、米沢城に内藤と有力家臣を欠き、それまで空城同然だった宇都宮・古河にも防備兵をおかねばならなくなったわけだし。
この、同時多発の戦いになると、有力武将が分散するというところが、人材難の我が家にはつけ込める大きな隙かもしれない。

米沢城での、祝杯の宴の後、戦後処理。
うわ!内藤と馬場を捕まえてるし!ここは涙を飲んで処断!内藤、お主は強かった。強いが故に主を放っておけぬのじゃ。腹を切ってくれ。

地味に兵力・馬増強をしていると今度は北関東で武田の動きが。
宇都宮から太田城をめがけて支城建設しようとしている!
これはもう美味しく頂くしかない!と米沢で宴会していた9人を太田、小高、山形の各地へ派遣、そこからおのおの出陣させる。
丁度築城が完了する寸前に着いた義光隊(太田から出立)が築城を邪魔する間に大浦隊、安東隊が到着、それに合わせるように宇都宮から小山田隊、そして黒川から一乗の弓隊がやってきた。
第二次北関東開戦勃発
今回はフルメンバー揃えたこちらが明らかに優勢。各個撃破したあと、宇都宮へ逆侵攻!
芳賀高定の防御に苦しむが、なんとか防御20000を突破して攻略。
もうちょっと人材が豊富なら四部隊包囲とかできたんだけどねぇ…。

あ、技術開発しておかないとな…。
ここは伝馬制あたりが欲しいところ。
北楯86・蠣崎87・北信愛85で万全!

さて越後の戦いは完全に上杉の勝利になった(新発田城に残った残存武田軍も上杉に駆逐された)ため。上杉はその矛先を黒川に向けてくる。ううむ…これはハイエナチャンス?
15000で攻める上杉軍を黒川の入り口に着陣、のんびり茶でも点てながら見守るさすが防御20000の城は堅いねぇ…と眺める。

あんまりにも長いので一度米沢に帰って英気を養い、再度出撃。
しかし黒川城落ちないなぁ。
二部隊で特に包囲してるわけでもないのに士気が真っ赤になるまで耐えてるよ…
誰が守ってるんだろう?と思ったら勝頼、九戸(政)、鬼庭、和田、保科というなかなかの精鋭部隊。
しかし、こりゃあ敵が撤退するより先に士気ゼロで落ちそうだぞ…。

城に近寄りすぎて岩落としの被害を受けたのは内緒だw

うっわ勝頼つええええ!
上杉軍がようやく落とした時には2070しか残ってねぇ!
戦い始めの時は8000(武田)vs15000(上杉)だったのに。
城の防御が崩壊した後も粘るってすごいなぁ。

で、まぁ残存兵力2000の防御無し裸城を攻めるには、三部隊37500は贅沢すぎるオーバーキルでしてw
コレまでの戦歴の中でも一番楽な城攻めでございました(笑)
労せずして傷兵14000が手に入る僥倖、まさに棚からぼた餅!
で入ってみて、ここが三層天守石垣二の丸の城だと知る。なるほど堅いわけだなぁ。

さてこうなると上杉と直接接することになるわけだが…。
正直上杉は疲弊している上に、主力謙信は深志で徳川-武田-織田と三つ巴血みどろ大決戦の最中。
(注:徳川は武田と同盟。)
これはもしや上杉衰退への序曲か!?

ならば遠慮は要らない!
弱った勢力はザックリと切り取るのが戦国の世の習い。間髪入れずに新発田城を攻めることを黒川にて決定。柿崎の抵抗を受けるも、謙信ら主力が深志攻めで不在のためなんとか落とす。
上杉の捕虜がどんどん増えていくが、上杉滅亡後のことを考えるとこのあたりからはもう安易な処断は出来ない。
何故なら、上杉武田の向こうで織田が大幅に勢力を伸ばしている。これは正直ヤバい。既に中国地方まで食指を伸ばし始めている!
人材豊富な織田だけに、一度勢力を拡張すると手が着けられなくなる可能性があるからだ。
ただでさえ譜代の層が薄い我が家には死活問題。
どうにか上杉家臣団あたりを取り込まないと、明日はない!と断言しても。

気がつかぬ間に三度目の織田家包囲網成立。
ああ…またこれで織田家が焼け太りしないといいけど…
我が家はそれまでなんとか上杉家のリクルートぐらいしないとなぁ…織田家の人材に勝てる気がしない。

nobu2.jpg

ここで地味なアナウンス。「宇都宮城に浪人が来訪」。
また今回も地味な適正CD武将かと思いきや…お、真田信綱。真田家の面々も流れてきてるのか?
サックリと登用。地味に武勇値を底上げです♪

軽く再編成。

 義光-真田-四釜
 大浦-延沢-義守
 安東-最上義-南部(晴)

いくら衰退気味とはいえ、目の前の春日山にいる謙信に怯えながら新発田城の修復とかしてると、あれ?兵数が減ってる?どうやら武田家の箕輪城攻めに向かったらしい。
全盛期の兵数より減っているとはいえ、侵攻欲だけは相変わらず旺盛です、謙信 (;´Д`)
そして上杉家柿崎景家死亡。さらには直江が城から出て謙信の後を追っていきました。

あれ?これってチャンスじゃね??

謙信ら上杉主力が箕輪攻めに行ってる隙を狙って春日山に電撃作戦を敢行!
今こそ好機!とばかりに山を下って雪崩れ込む我が軍!
しかしそこにはちょっとした罠が。
なんと謙信戻ってきてるし!
実は箕輪攻めに行っていた部隊が早々に潰れて帰還してきたのですよ!貧すれば鈍する、とはこのことか!
かつての最強上杉を思い起こせば凋落ぶりがありありです。
そしてこれはまた幸運とも言えたのです。
何故かというと城に籠もった上杉は謙信を使って奇襲部隊を繰り出すのですが、これ、奇襲部隊は必ず足軽になるんですね。
足軽部隊の謙信とか恐るるに足りません。
騎馬の三連コンボの破壊力はこの世のモノとは思えない鬼神っぷりですが、兵3000の奇襲足軽など、むしろ願ったり叶ったりなのですよ!
そして春日山はあっけなく陥落…

在りし日の最強上杉の襲来に怯え続けた日々は、ここに終幕を迎えたのです。

返す刀で柏崎を占拠。
これで上杉の残るは輪島の港だけです。

と、その最中に降伏勧告の勧めが。
佐竹義久を使者に輪島の信玄へ使いを出す・・・・・・・・・

ついに、ついに上杉家が我が家の軍門に下る!

やった…やったよ…ゲーム開始当初の即死寸前の状態から、逆にその侵略者どもを家臣団に組み入れてやったよ!
くぅ…。

1555年から苦節22年!
1577年にしてついに上杉を滅ぼしたよ!
家臣団も58人→84人へとジャンプアップ!
所属武将の質的にも東北の田舎大名から全国区へ!、ですよ!
.28 2008 18 10 ゲームリプレイ comment0 trackback0

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北の方在住。
未だにアニメが楽しめるとは思わなかったいい歳の人。

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